2005年06月27日

神様はいますか?

ここ2週間ほど、私の心の中は1つのことでかなり占領されている。
特に1週間ほど前までは。
今はだいぶ脱出してきたけど。

その悩みの種というのは、父親のことだ。
私の父親はここ10年ほど仕事をしながら闘病生活を続けてきた。
なかなか治りにくい病気、というか現在の医療では完全に治すことはほぼ不可能な病気で、定期健診で病状がある一定の数値を超えたら治療に入るということを続けてきた。
数値がよくなるまで継続的に治療は続けられ、それは相当つらいもののようだった。
それでも、病状を快方に向けるため、そして、進行させないために耐えているようだった。

しばらく治療をせずにすんでいたのだが、今年の春に入る頃からまた治療に入らなければならなくなった。
またつらそうにしている父親を見てちょっと暗い気分になっていたが、この間話したとき、今回の治療は今までと違って効き目がありそうで、うまくいけば根治に近い状態になるかもしれないからがんばると言っていた父親の目を見て、ほっとしていた。
今までになく希望に満ちた目だったから。
素直に「がんばって」と言えた。

でも、そんな言葉を聞いて1ヶ月も経たないうちに、悪い知らせがやってきた。
もしかしたら病気が今までより一段階悪い方向へ進んだかもしれないということ。
まだ最終的な検査の結果が出ていないので決定ではないのだけど、私はなんとなくお医者さんの予測は当たっているのではないかと予感している。
母親と電話で話している間は平静を装っていたけど、電話を切った後、うれしそうに「治るかもしれない」と話していたときの父親の目を思い出して涙が溢れてしまった。
私は父親が好きなわけではなく、むしろ、ムカッとすることや嫌だと思うことが多いけど、やっぱり私の父親だ。
心配だし10年もがんばってきた努力は報われないのか?と悲しくなった。
結果が分かるのは7月に入ってから。
毎日「いや、だいじょうぶだ!」とか「やっぱりだめか・・・」とか心の中で行ったり来たりして、私は父親のためにどう行動すべきか分からず考えてばかりいた。
それでも、昼間とか夜家に帰ってからも電気をつけて活動している間は自分を保っていられたけど、寝る前に電気を消して真っ暗にすると急に不安になり、訳もなく涙が出る日が続いていた。

そんなとき、通勤電車の中で読んでいた田口ランディさんの『神様はいますか?』という本で読んだ1フレーズが私の心をふっと軽くしてくれた。

神様はいますか?.jpg
『神様はいますか?』

それは、「たとえ家族であっても他者のことは分からない。」ということ。

私は、勝手に父親の心を分かりきったつもりになって、勝手に悲しんでいた。
来月に予定している旅行とかその他の予定も全部キャンセルして東京の家に居ようかとかも考えていた。
東京に居ればすぐに実家に戻れるので。
でも、田口ランディさんのこのフレーズを読んだとき、今までの自分の考え事はただの自分の満足のように思えた。

私は、父親の治療も実際に受けたことがないのでどんなものか言葉でしか知らないし、父親の今の心情だってきっと全て分からないはずなのに。
父親がどう思うとか父親のために、ではなく、私がそれを知ってどうしたいかのほうが大切ではないのか?
私は父親ではないので、彼の代わりに病気と闘うことはできない。
私の全ての行動をセーブして東京の家でじっと待機したからといって父親の病気が治るわけではない。
家にこもってウダウダとしてればどんどん暗い気持ちになるし自分にとってもマイナスだ。
もちろん父親の治療に協力は惜しまないけど、自分の行動を全て制限してウジウジするのはやめようと思う。

田口さんの文章は結構哲学的で普段ムズカシイ考え事をしない私にはちょっと難しく、読んでいくのはちょっと大変だった。
でも、↑のフレーズだけはなんとなくすっと心の中に入ってきた。
もしかしたら、田口さんはそんな主旨で書いたのではないのかもしれないけど、このフレーズから私は自分なりの解決の糸口を見つけた気がする。
心の弱い私は、はっきりした結果が分かったらまたポキッと折れてしまうかもしれないけど、父親の気持ちを汲み取って悲しんでいるんだ、とか思うのだけはやめたい。

今日は、とっても長くなりました・・・。
なんとなく書かずにはいられなかったので。
ここまで読んでくださったみなさま、ありがとうございました!
posted by しのぶ at 00:45| Comment(5) | TrackBack(0) | books & music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うーん、難しい。
そしてなんとも言いようがないけど、とにかくお父様の結果、良いことを願っています。
しのぶちゃんはなんだかんだ言って、家族思いだなあとこれを読んで思ったよ。
離れていると家族との距離感って難しいね。
しかもしのぶちゃんは一人っ子だから思う重さもずっと重たいんだろうな。
でも、家族のきもちは心底でわからないように、しのぶちゃんの今の心境も心底ではわからないというのが本音。
なんかこの考え方って突き詰めすぎると、人とのつきあいが全て浅い意味のないものに思えてしまう。でも一方で、人は解り合えないことを前提におくと許容範囲が広くなると思う。
この本おもしろそうだね。よければ貸して欲しいな。
Posted by えみこ at 2005年06月27日 22:56
つらい時期だったんですね。

色々書こうと思ったんですけど、どんな声を掛けたらいいか分からない…
この本がきっかけになってしのぶさんの心が和らいだのなら何よりです。

また書きたくなったら書いてくださいね。
ちゃんと見てますから。
Posted by masasuke at 2005年06月28日 00:44
ぷぅこたちが、つらいものだいじょうぶを制限したかったの♪


Posted by BlogPetの「ぷぅこ」 at 2005年06月28日 10:00
ご家族のことで心配なことって、このことだったんですね。
しのぶさんの気持ち、少しわかる気がします。
実は、うちの実家の父親も数年前に脳梗塞を患って、
ずっと病院通いをしています。
でも、いまは薬で押さえられる程度なので、とりあえず安心ですけど、
やっぱり心配は心配。
いっしょにいないから、余計にそうなんですよね。
しかも、最近になって、母親まで「癌かも??」なんて話になっちゃってて、
意外にも大変なことになっています(^^;
わたしも、以前はしのぶさんと同じような気持ちでしたよ。
でも、どんなにこっちが想っても、いちばんつらいのは本人なんですよね。
すごく悔しいし悲しいけど、どうすることもできないんですよね。
しのぶさんがそのことに気付いただけでも、お父さんは安心したかもしれない。
それだけでも、すごくよかったと思いますよ〜(^^)
Posted by はるか at 2005年06月28日 13:55
>えみこちゃん
私は今までは身近な人の気持ちは察するべきものだ〜とか家族なのだから何も言わなくても気持ちが分かるはずとか思う傾向があったのさ。
そんで、今回みたいな状況になると家族がつらいはずだから自分もつらいはずみたいな暗示にかかって沈みやすかった気がするよ。
そういう自分に酔って、それで自分の責任を果たしたみたいなね。
でも、この本のフレーズを読んで今までの自分の考え方がなんか違ってたな〜と思ったの。
他者の気持ちを汲んでつもりになって自分が沈むのは一番よくないことなんじゃないかしらって。
そういう意味で、他者のことは心底は分からないというのを自覚するのはよいことなのではないかな、と思う。
だからって人を冷めた目で見るということでなくてね。
うまく言えないけど・・・。
この本、私にはむずかったけど、えみこちゃんは結構好きそうよ。
今度お貸しするね。というかそのままあげますわ。

>masasukeさん
いや〜、長々と書いてしまって。。。
読んでくださってありがとうございます!
やはり気がかりなことではあるんですけど、今はいつもどおりの生活を送れるようになりました。
ウダウダ考えてもしょうがない!と割り切った感もありますが。笑

>はるかさん
そうなんです・・・こういう事情でした。
来月から8月にかけて大きな旅行を予定しているので、そのほかに北海道も行くのはやはり心から楽しめない気がしたのです。。
はるかさんのご家族もたいへんなんですね。。。
それでも、元気なはるかさんのブログを読んでいると励まされます〜!
やっぱり離れているから余計心配になってしまうんですよね。
母親がパートにも出て父親の世話もしてというのも大変だろうな〜とか。
でも、実家から離れて暮らすことを選択した私にはできることとできないことがあるんだな〜と悟りました。
一番大変なのは本人だと思うし、私は私なりに父親の病気に向き合えたらな〜と思います@
Posted by しのぶ at 2005年06月29日 22:34
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